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音楽活動ARCHER

 当OB会ではOB会活動の一環として音楽活動=ARCHERを実施しています。

 「ARCHER」とはフランス語で「射手」の意味。 これは京都産業大学のシンボルマーク「サギタリウス(いて座)」に由来しています。「サギタリウス(いて座)」は現役のグリークラブのマークに使用しており、それをルーツにARCHER(アルシェ)のマークも作られています。

 男声合唱団ARCHERは1982年1月、当時京都産業大学グリークラブが初めて全国大会で金賞を受賞した後の現役とOBの合同ステージを契機にOB会を母体として発足しました。1983年の京都府合唱連盟の定時総会時に連盟登録。同年、京都合唱祭に初参加、2013年で30年連続出場になりました。ARCHERが京都産業大学グリークラブのOB合唱団として認知されはじめたのは、1993年の関西コンクールのBグループで金賞を獲った頃からです。      

 現在、関西支部/東日本支部においておもに2週間に1度の合唱練習と懇親会を実施。また中部支部でも定期的に同様の活動を実施し、OB会員約40世代の幅広いの懇親を図っています。また、2000年以降はOB会組織の充実に伴い、2年に1度の大きな演奏会の他、各地での合唱イベントやお座敷にも多数出演しています。

 
 

◆京都合唱祭 1983年初出場(以降現在まで連続出場)

◆関西合唱コンクール 1985年(Aグループ銀賞受賞)

◆関西合唱コンクール 1993年(Bグループ金賞受賞)
  ♪黄金の魚
  ♪ごびらっふの独白
 

◆関西合唱コンクール 1994年
  ♪たんぽぽ
  ♪みょうが
  ♪ばら・きく・なずな

◆関西合唱コンクール 1998年
  ♪ふるさと
  ♪ヒロシマにかける虹

◆関西合唱コンクール 2000年
  ♪Agnus dei
  ♪Rosen aus dem Suden -Walzer-

◆初めての演奏会
 2002年1月12日(土)京都コンサートホール小ホール
 Stage1 オペラ「ファウストの劫罰」「フィデリオ」より
        指揮:曽田俊和 ピアノ:伊吹元子
  ♪囚人の合唱
  ♪酔っぱらい達の合唱
  ♪ブランデルの歌
  ♪アーメンコーラス
 Stage2 アラカルト
        指揮:中川達也 石原祐介 北田 尚 永井英晴 ピアノ:伊吹元子
  ♪Beati Mortui
  ♪引き念佛
  ♪ロシア民謡メドレー
  ♪走れ わが心 より
  ♪Encore いざ起て戦人よ 指揮:新木 豊
 Stage3 男声合唱組曲『雪明りの路』
        指揮:吉村信良
 Encore 秋の歌・六甲おろし

◆第二回演奏会
 2005年4月30日(土)京都コンサートホール大ホール
 Stage1 男声合唱のための唱歌メドレー『ふるさとの四季』
        指揮:北田 尚 ピアノ:伊吹元子
 Stage2 男声合唱曲『岬の墓』
        指揮:曽田俊和 ピアノ:伊吹元子
 Stage3 男のFavoriteSongs『全部歌える?』
        指揮:金島 学 峯 秀治 澤村 大 岡本敏幸 北田 尚
  ♪斎太郎節
  ♪見上げてごらん夜の星を
  ♪希望の島
  ♪秋のピエロ
  ♪関白失脚
 Stage4 男声合唱組曲『富士山』
        指揮:吉村信良
 Encore 鳥が・六甲おろし

◆第3回演奏会
 2007年9月23日(日)京都コンサートホール大ホール
 Stage1 男声合唱組曲『海鳥の詩』
        指揮:曽田俊和 ピアノ:伊吹元子
 Stage2 金沢メンネルコールゲストステージ『バーバーショップショウタイム』
        指揮:広瀬康夫
 Stage3 This is ARCHER
        指揮:岡本敏幸 曽田俊和 北田 尚 吉村信良 ピアノ:伊吹元子
  ♪Der frohe Wandersmann
  ♪刈干切唄
  ♪津軽じょんがら節
  ♪きみ歌えよ
  ♪一詩人の最後の歌
  ♪千の風になって
  ♪言葉にすれば
 Stage4 男声合唱組曲『中 勘助の詩から』指揮:吉村信良
 Encore ヒロシマにかける虹・斎太郎節

◆第4回演奏会
 2009年9月22日(火)京都コンサートホール大ホール
 Stage1 男声合唱組曲『雪と花火』
        指揮:岡本敏幸
 Stage2 男声合唱とピアノのための『花に寄せて』
        指揮:曽田俊和 ピアノ:伊吹元子
 Stage3 男声合唱組曲『月光とピエロ』
        指揮:北田 尚
     ♪Encore 雨
 Stage4 『ARCHER selection』
        指揮:澤村 大 金島 学 峯 秀治 中川達也 石原祐介 永井英晴
  ♪京都産業大学学歌
  ♪鳥が
  ♪Beati Mortui
  ♪オホーツク
  ♪ヒロシマにかける虹
  ♪一詩人の最後の歌
 Encore 六甲おろし

◆国境を超えて『さらなる男声合唱の発展を求めて!』JOINT CONCERT
 2010年10月3日(日)京都産業大学 神山ホール
 Stage2 ♪京都産業大学学歌 指揮:曽田俊和
     男声合唱組曲『柳河風俗詩』
        指揮:岡本敏幸
 Stage4 男声合唱組曲『海の構図』(上海GleeClub/男声合唱団グランフォニック合同)
        指揮:石原祐介 ピアノ:伊吹元子
 Encore ♪世界の約束 ♪憧れを知る者のみが ♪花火

◆第5回演奏会
 2011年10月23日(日)京都コンサートホール大ホール
 ♪京都産業大学学歌 指揮:堤(現役学生指揮者)
 Stage1 男声合唱曲集『そのひとがうたうとき』
        指揮:曽田俊和 ピアノ:伊吹元子
 Stage2 男声合唱とピアノのための『ゆうやけの歌』
        指揮:石原祐介 ピアノ:伊吹元子
 Stage3 ARCHER Favorite Songs『~想いはひとつ~絆・繋がる』
  ♪白い色は恋人の色
  ♪涙そうそう
  ♪奇跡 ~大きな愛のように~
  ♪はじめてのチュウ
  ♪君は薔薇より美しい
  ♪世界の約束
        指揮:岡本敏幸 北田 尚
 Stage4 男声合唱組曲『雪明りの路』
        客演指揮:伊東恵司
 Encore ♪鳥が

◆第6回演奏会
 2013年4月28日(日)京都コンサートホール大ホール
 Stage1 新川和江の詩による橋本剛作品集
        指揮:津田裕介 ピアノ:伊吹元子
 Stage2 回想「むすびわざ」
  ♪ティオの夜の旅より「海神」「ローラ・ビーチ」
        指揮:北田 尚 ピアノ:伊吹元子
  ♪REQUIEM d-Mollより「Offertorium」
        指揮:野崎恭輔 ピアノ:伊吹元子
 Stage3 愛しい君へ
  ♪Sing
  ♪好きにならずにいられない
  ♪Blue Hawaii
  ♪シェリーに口づけ
  ♪あ・る・しぇ メドレー
  ♪Hey和
        指揮:北田 尚 賛助出演:アグネス倶楽部
 Stage4 男声合唱組曲『花筐』初演
        指揮:岡本敏幸
 Encore ♪京都産業大学学歌 指揮:岡本敏幸 ♪六甲おろし 指揮:津田裕介


◆第7回演奏会
 2016年6月19日(日)ロームシアター京都サウスホール
 Stage1 「CUATRO CANTOS PENITENCIALESより」
  ♪Christus factus est
  ♪Tenebrae factae sunt
        指揮:津田裕介
 Stage2 Negro Spirituals
  ♪Ev'ry Time I Feel the Spirit
  ♪Were You There
  ♪Little Innocent Lamb
  ♪Swing Low, Sweet Chariot
  ♪Water boy(ソロ:石原祐介)
  ♪Soon Ah Will Be Done
        指揮:北田 尚
 Stage3 男声合唱組曲『水のいのち』
        指揮:曽田俊和 ピアノ:伊吹元子
 Stage4 むすびわざ~世代を超えてうたうよろこび~
  ♪宇宙戦艦ヤマト(C:津田裕介) 
  ♪トルコの酒場の歌(C:山田邦弘) 
  ♪雨の日に見る(組曲「雨」より)(C:山田邦弘)
  ♪作品第肆(組曲「富士山」より)(C:曽田俊和)
  ♪京都産業大学学歌(C:現役学生指揮者)
  ♪涙そうそう (C:岡本敏幸・P:伊吹元子)
  ♪麦の唄 (C:岡本敏幸・P:伊吹元子)
  ♪くちびるに歌を(C:北田尚・P:伊吹元子)

 Encore
  ♪六甲おろし(C:津田裕介)

 

 吉村先生との思い出は語り尽くすことができないほどたくさんあります。というのも、京都産業大学グリークラブその歴史の大半において吉村先生には深く深く関わっていただいたからです。ここではそのほんの一部をご紹介しようと思います。

 京都産業大学グリークラブが創設されたのが1965年。吉村先生に関わっていただくようになったのが1974年。以来30年以上のお付き合い。そのきっかけは、吉村先生が全日本合唱連盟の理事になられた39才1973年の関西合唱コンクールでの産グリの演奏の感想を、当時の幹事長:若狭さんが伺いにいった時から始まりました。

▼吉村先生のブログ「これこらコール」から当時の産グリとのかかわりの記事を抜粋してみました。

 1948年ごろかなあ。豊中でひらいた「関西合唱コンクール」で、そのころ京都府合唱連盟の若手だった京産グリー幹事長の若狭くんが、下手だったけど面白かった京産グリーの演奏の感想を求めてきた。そのときに「一度練習場へ行ってやろうか?」といったのが25年間の長いかかわりのはじまりだった。
 その年の冬、第7回?定期演奏会を大谷ホールに聞きに行った。ガクランの応援団からのたくさんの花束や酒の差入れにびっくりした。ボクのそれまで20年の合唱生活には、なかったことだった。おもろいグリーやなあ。横山君の指揮もよかった。

 ~中 略~ 

 早速親しかった佐々木日出夫さん(故人・京都男声のオナー)に、京産グリーでぼくの手伝いをしてくれとお願いした。お互い行きつけの居酒屋での依頼だから断れるはずがない。ピアノの伊吹さんを口説き落としたのもこのタイミングだった。
 1974年学生指揮者の橋本(今は先斗町の居酒屋亭主)が、横山の時に、はじめてもらった関西コンクールの銅賞だが、自分の時にはどうしても金賞が欲しい、どうすればいいと相談に来た。私はなかば冗談に、いまの総員30名を80名にすれば何とかしようと請け負った。すると奴らは4月に、ほんとうに50人の新入生を拉致してきた。合唱未経験、むしろスポーツないしは応援団みたいな連中ばかり。これはおもろい。とばかり応援団張りの礼儀作法からシゴキ出した。
 指揮者の橋本も異常ないれこみようだった。秋の関西コンクールでみごと金賞を獲得した。全日本への代表権はもらえなかったが。 
 

 はじめて関西支部大学の部の代表になったのは、1976年の高松大会だった。学生たちはお金がないので、早朝に京都市役所を貸し切りバスで出発した。ボクは全日本合唱連盟の理事でもあったので、(そう、39歳に異例の若さで理事になっていた)さきに空路高松に入った。機内で、今は亡きマルカンさんをはじめ何人かの審査員に出会い、京産グリーのことをボクが面倒をみてるのできびしい批評をくれ、と売り込んだ。そのおかげかどうか、初出場で銀賞を獲得した。自由曲はケルビーニのレクイエム、指揮は山下君。
 演奏・発表は、高松入りの翌日だった。貸し切りバスはその日中に解放しないと追加料金をとられるので、学生たちは発表の「歓喜」をバスのなかで味わったのだ。
 

 翌年の全国大会は東京普門館だった。この年から学生たちは、高校生のまねをして当日の移動にマスクを着用するようになった。地下鉄でその集団に遭遇したときはおそろしくなって逃げ出した。R.THOMPSONの「Tarantella」を自由曲で歌った。指揮は松川穣くん。銀賞。
 コンクールでは選曲がとても大事だ。幸いボクの場合は新月会の林雄一郎先生にずいぶんご指導をいただいた。この大会の自由曲「Tarantella」、翌年のK.VolF「DerVaterland}
は、林雄一郎先生ご推薦の名曲だ。
 

 関西支部大会の関門をパスして出場した全日本コンクール3年目は、函館だった。
ほとんどの学生は飛行機に乗るのが初めてだった。阪急「蛍池」から空港まで白いマスクの集団が列をなして行進していく様は、バスの中からJALのお姉さんをおびえさせた。機内では富士山が見えるとのアテンダントの情報に、全員どよめいて右側に集まってしまった。千歳でのトランジットであの江川選手巨人移籍空白の1日に遭遇した。
 函館の本番当日の朝、早朝の津軽海峡の漁り火が練習場から眺められた。印象深かった。


 1979年秋、全日本コンクール全国大会は横浜だった。
宿舎は横浜郊外のドリームランド、学生たちは、札幌の女子大生と同宿に、話しかけも出来ないくせに大興奮だった。
 翌朝5時から発声練習をはじめて、早々に宿舎を出発したのに、途中通勤ラッシュにまきこまれた。時間もさることながら、居眠りをされてはせっかくつくり上げた声が眠ってしまう。トレーナーを先頭に、居眠りメンバーのチェックに大わらわ、だのに学生指揮者だけはすやすや寝ていた。30年ちかくたった今でも語りぐさだ。
 自由曲は湯山昭さんの「ゆうやけの歌」。いい曲だった。 
 

▲以上、「これこらコール」からの抜粋でした。
 

 このように吉村先生には、京産グリーの創成期から全国レベルの合唱団になる過程、またその後の音楽指導で深く関わっていただいたのです。この記事を書かれた翌年2009年1月には、病身をおして最後の本番となる「京都産業大学グリークラブ第40回記念定期演奏会」の現役OB合同ステージで「新しい歌」を指揮して頂きました。そして同3月31日。ご逝去されました。

<Wikipediaより抜粋>

吉村信良
 印刷会社の経営に携わる一方で、多くの合唱団で指揮者として活動する。全日本合唱コンクールにおいて京都産業大学グリークラブを指揮し、昭和56年(1981年)から平成元年(1989年)まで9年連続金賞1位に導いた。 9年連続金賞1位の記録は全日本合唱連盟史上前人未到の大記録でいまだにこの記録は破られていない。 古希を過ぎてからも、創立に関わった混声合唱団京都木曜会をはじめとした多くの団体を指揮し、精力的に演奏活動を行った。また、平成17年(2005年)に開催された「世界合唱シンポジウム~世界合唱の祭典 京都~」では、実行委員長を務めた。

 全日本合唱連盟理事長を8年間務め、後に名誉会長。日本合唱指揮者協会会員。平成13年(2001年)春に藍綬褒章受章。

​伊吹元子先生

 京都市立芸術大学卒業。合唱ピアニストの第一人者として各地で活躍。
 全日本合唱コンクールでは、多くの合唱団と共演し、数多くの金賞を受賞。京都産業大学グリークラブでは1976年から1996年の全国大会を全て伴奏。9年連続1位獲得(1981年~1989年)の立役者でもある。
 またこれまでに二度、ピアノと合唱とのユニークなリサイタルを開催。長井賞、京都府合唱連盟大賞、2008年度藤堂音楽褒賞を受賞。混声合唱団京都木曜会・男声合唱団ARCHER(アルシェ)他のピアニスト。後進の指導にも力を注いでいる。永年勤めていた大谷大学を2015年3月退職。

 
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